一本の線の重み

 一般的に、ご先祖様調査は明治初頭までは戸籍謄本等で調査を行い、それ以前は戸籍謄本以外の歴史的資料を調査したり現地調査などを行い確認等行う場合が多いようです。
 この場合の現地調査での遡り方は、明治の直前は江戸時代ですので最初に江戸時代を調べて、そこで判明した事実関係を基にして更にそれ以前の時代にいらしたご先祖様を順番にさかのぼり調査することになります。O14
 多くの現地調査ではお寺さんなどを訪問しますが、それ以外にも現地調査先となる土地ごとに異なる歴史がありますので、そうしたことなども重要になってきます。

 さて、こうした現地調査では、いきなり室町時代、鎌倉時代、平安時代のご先祖様を調べるということはございません。
 基本的には先ほどの順番どおりに江戸時代から順に時代を遡って調べてまいります。
 まれに、現地調査先などで、いきなり古い資料が出てくる場合もございますが、その場合でも既に判明したご先祖様との間を繋ぐ確実な証拠資料がなければ家系図は完成いたしません。
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 ご存知のとおり、家系図というものはご先祖様を一代一代遡って記載をしてまいります。そのため、ある一定期間に不明なご先祖様が数名いらっしゃると、家系として本当にお客様の家系と繋がっているかの疑念が生じます。あるご先祖様とその親を繋ぐ線はたった1本の線ですが、そこには確かな裏付けとなる証拠がなければなりません。
 
 この裏付けを確かなものにする証拠として、前述の戸籍調査や現地調査などを行うわけです。
 このように親子を繋ぐたった一本の線のために、かなりの時間をかけて資料収集しましたり、また、現地調査等で得た新たな情報を、調査後に慎重に分析して新たなご先祖様の発見に努めております。
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 先祖様調査を行う調査者の心構えとしては、「正確で客観的な批判に耐えうる調査報告書と家系図」を目指しております。
 お客様はもとより調査者自身としても納得のゆく正確な調査結果にしたいという思いもございますし、お客様にお届けした家系図が今後何年もお客様のお手元に残りますので、後世のご子孫にも私の先祖調査結果が本当に評価されうる内容にしたいという強い思いもございます。
 そうした心構えで日々ご先祖様調査をさせていただいております。
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 「正確で客観的な批判に耐えうる調査報告書と家系図」を作成するためには、ある程度時間をかけて、一本の線に真実の親子関係が反映されるように細心の注意を払ってご先祖様調査を行わなければなりません。
 親子を繋ぐたった一本の線の重みを感じながら、ご依頼をいただいたご先祖様調査を行い、お客様の新たなご先祖様が判明したときには、お客様と同様の大きな喜びを感じております。
また、お客様のお喜びになったお顔を拝見したときには、それまでのご先祖調査の苦労が報われる思いでおります。

 親子を繋ぐ「一本の線の重み」を感じながら、これからも頑張ってまいりますので、どうぞよろしくお願い申し上げます。
(2016年10月31日)

ブログ再開! 近況報告 よろしくお願いいたします。

少し前にノートPCを買い替え、携帯をスマホに代え、PCのプロバイダーを変更しました。
そのため、いろいろと作業がありましたので、なかなかブログを書けませんでしたが、PCの方も落ち着きましたので、今日からはブログをまた書きますので、よろしくお願いいたします。

これまでの間の主なことは次のとおりです(近況報告)。

1.小山市様で私が講師をさせていただいた「家系図作り講座」が小山TV様の「おやま障害学習テレビ 家系図作り講座」として放映されました。
また、その番組を録画していただき、ご丁寧にCDに収録して送られてきました。小山市様にお礼申し上げます。

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2.NHK学園国立で家系図作成講座を行いました(9月28日)。神奈川県の橋本先生と一緒に行ったもので、皆さん大変熱心に学習されており感銘を受けました。

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3.神奈川県の客様ですが、ご依頼から1年以上かかかりました先祖調査が無事完了し、最後に巻物家系図を納品させていただきました。
大変な作業でしたが、お客様がとてもお喜びになられたことが、私の喜びでもあります。

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これ以外にも、細かいお話はたくさんありますが、次回からのブログにご期待いただきたいと思います。
それでは、今後ともどうぞよろしくお願い申し上げます。

「家系図作り講座」小山生涯学習テレビ大学で放送

今年の5,6,7月に小山市立中央公民館様の主催された「家系図作り講座」の講師を担当させていただきましたが、同講座がテレビ小山放送の教育番組として次の通り放送されることになりました。教育番組として放送されることをとても光栄に感じ、また、小山市様に深く感謝しております。

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放送局)小山テレビ放送
番組名)小山生涯学習テレビ大学
放送日時)1回の放送期間が10日間で、全3回のスケジュールで放送。1回の放送期間中に90分の講座(全3回)を何度か放送されます。 
・7月21日〜31日 ・8月21日〜31日 ・9月21日〜30日

小山市内の方は、よろしかったらご覧ください。

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*他のケーブルテレビでは同番組はご覧になれません。
*他の市区町村で同講座をご希望の場合は、お気軽にお問合せ・ご相談ください。
これを励みに、ますます頑張って行こうと思いますので、よろしくお願いいたします。

今日も蒸し暑い日ですが、みなさんどうかご自愛ください。
(2016年7月25日)

小山市立中央公民館 家系図作り講座 無事終了しました

暑い日が続いたと思ったら梅雨になり、夏空が恋しくなります。

さて、今年の5月15日、6月12日、7月10日と栃木県小山市の小山市立中央公民館において「家系図作り講座」の講師をさせていただき、無事、講座も終わりましてホッとしましたが、ご丁寧なお礼状を頂きました。

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まだまだ未熟な私の講座を陰で支えていただいた中央公民館の館長様やご担当者の方々、ご参加いただいた多くの市民の皆様に厚く御礼申し上げます。

同公民館では、引き続き素晴らしい講座を開催されていますので、栃木県内にお住まいの方は下記アドレスからご覧のうえ、ご希望の講座にお申込みされてはかがでしょうか。

http://oyama-shiminkaikan.jp/chuokominkan/

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また、全国の市区町村において同様の講座を行われる場合は全国張出いたしますので、「東京の家系図屋さん」のホームページの「問い合わせ・資料請求」からお気軽にお問合せ下さい。
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蒸し暑い日が続きますが、みなさんご自愛ください。

巻物家系図と伝統和紙

昨日、日本橋の和紙専門店に立ち寄りました。お店では100%純粋な伝統和紙を買ってきました。原料は三椏(みつまた)です。
これを、好みのサイズに裁断してもらい、書家の先生にお渡しして書いていただきます。
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価格的には1枚1000円以上しますので、巻物家系図1巻の紙代だけでもかなりの原価になります。
伝統和紙は非常に高価ですが、やはり紙に独特の風合いがあります。
東京の家系図屋さんでは、お客様が注文された巻物家系図の材料にも、こだわりを持っております。

楮と三椏では色合いも繊維の質も違いますが、私は三椏が好きです。
楮は三椏に比較して、やや白い紙になります。三椏は少し黄色がかった色彩になります。

また、三椏で出来た和紙と楮で出来た和紙では、墨の吸い方にも微妙な違いが出てきます。
この差は、和紙にした時の繊維の質によります。
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最近は100%の三椏、楮を原料とする伝統和紙を製作する工房が日本に少なくなりました。
街中で販売している伝統和紙でも、10〜30%程度は混ぜ物は入っているようですが、「東京の家系図屋さん」では100%純粋な和紙を探して使用しております。
こうした品質へのこだわりが、東京の家系図屋さんの存在意義だと思います。

楮や三椏を原料とする和紙の製作は貴重な日本の伝統ですので、巻物家系図同様にいつまでも次の世代へと大切に伝えて欲しいと思います。

*写真は担当者の方の許可を得て撮影しています
(2016年7月15日)

小山市立中央公民館 市民講座「家系図作り講座」第3回目のご案内

こんにちは 今日はとても暑い日ですが、皆さん熱中症にならないように水分補給をしてくださいね
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私は寒がりなので冬はあまり好きではないのですが、暑い夏は大好きです。今日のような猛暑日にはプールに行って泳ぎたくなります。
さて、7月10日(日)は大切な参議院選挙がありますが、もう一つ大切なものを忘れないでくださいね。
私が講座を担当します栃木県小山市の小山市立中央公民館様が主催します市民講座「家系図作り講座」の第3回目が行われます。
最終回となる今回(3回目)は、実際に参加された皆さんにご自分の家系図を書いていただく予定です。
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ご自分で先祖を調べて、家系図を作ってみたいという方は、小山中央公民館様にお問い合わせください。

<小山市立中央公民館>
小山市中央町1丁目1番1号
電話:0285-22-9562
ホームページ https://www.city.oyama.tochigi.jp/shisetsu/kominkan/chuokominkan1.html

小山市中央公民館 市民講座「家系図作り講座」第2回開催

みなさん こんにちは東京の家系図屋さんの安藤です。

表記の「家系図作り講座」の第2回が開催されますので、ご案内させていただきます。

日時:平成28年6月12日(日)13:30〜15:00
講座内容:名字の由来と相続
場所:小山市中央公民館
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さて、今日も当日お話しさせていただく内容を色々と考えています。

あれこれ調べて良い機会ですので自分でも勉強をし直しますと、古代の氏姓制度、大化の改新、壬申の乱や当時の東アジアの緊張状態などが改ためて認識されます。 現在の日本の置かれている国際関係と似ているかもしれません。

さて、市民講座の内容ですが、全体をうまく説明するためには日本の歴史を俯瞰する必要性があると感じ、そのような内容になるように作ってみました。

古代の律令国家から中世の貴族社会になり、やがて、保元、平治の乱を経て武士の時代に入り、南北朝などを経て庶民にも名字が広まって行き、やがて戦国時代から江戸時代になり、明治を迎え急いで民法を作って夫婦同氏になり、またまた2次世界大戦を経て民法が改正され「婚姻の際に・・・」となり・・
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難しいことを、簡単に分りやすく説明するのは大変なことですが、自分なりに一生懸命にまとめてみました。
当日、皆様とご一緒に学んで行くことをとても楽しみにしております。

小山市での家系図作り講座のご案内

トップページの新着情報でもご案内いたしましたが、栃木県小山市様の市民講座のパンフレットが出来て送られてきました。

早速、皆様にご案内させていただきます。
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全3回の講座で、次のように行われます。

●「市民講座 家系図作り講座~家系図の魅力と作り方」

①5月15日(日)家系図とは

②6月12日(日)名字の由来と相続

③7月10日(日)書き方

いずれも13:301~15:00 定員40名です。
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栃木県にお住まいの方で家系図屋やご先祖様、相続などに興味が有る方は、小山市様までご連絡ください。

小山市立中央公民館 電話0285-229562,9563 
http://www.oyama-shiminkaikan.jp/chuokominkan/

当日は参加された皆様と楽しくお話をさせていただきたいと思います。
皆さまのご参加をお待ちしております。
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*写真は昨年度実施しました読売カルチャー横浜様での講座写真です。5月は小山市様の市民講座以外にNHKカルチャーセンター国立様の家系図講座の運営補助にも参加する予定です。

(平成28年3月29日)

歴史ブログ 風邪

2日間の長野出張から土曜日の夜に戻り、今日はゆっくりした気持ちになって仕事をしてましたが、外はとても寒いです。
さて、これだけ寒い冬ですと、裸で仕事をするお相撲さんのことが心配になります。

実際に、今ほど暖房設備が充実していなかった江戸時代の大相撲の偉大な横綱であった谷風は、インフルエンザで亡くなりました。彼の身長は6尺2寸5分、体重は43貫であったと言います。現代の表現では189cm、161kgですから相当な大男です。

谷風の戦績ですが、横綱になってから63連勝の後に1敗した後に、さらに43連勝をしました。この大記録は昭和になって大横綱双葉山が69連勝するまで、150年間ほど破られることはなかった大記録でした。
生前、「土俵で倒されることはない」と豪語していたようですが、インフルエンザには勝てなかったようです。
世間の人々はこの偉大な横綱の突然の死に驚いて、このインフルエンザを「谷風」と呼びました。

医学が、まだ、それほど発達していなかった江戸時代には20回以上もインフルエンザが大流行しました。当時の医師はインフルエンザのことを「時期感冒」「天行感冒」と呼び、庶民はその時々の時世を反映して「お七風邪」「谷風」「琉球風邪」「アメリカ風邪」などと呼んでいました。

「インフルエンザ」の語源ですが、16世紀イタリアの占星術師が、インフルエンザの冬季に流行し春に終息する周期性から、この流行を星の運行や寒気の影響によるものと考えて「影響」と言う意味のラテン語(influenctiacoeli)から「influenza」と呼んだことに由来するようです。

皆さんも、どうか体を暖かくして、風邪など引かないようにご自愛ください。H12

歴史ブログ 美しい地名 そうでない地名(3)

前回は、五畿七道の五畿(大和、山背(城)、摂津、河内、和泉)について触れましたので、今回は七道についてお話させていただきます。
七道は畿内から伸びて全国に広がる幹線道路で、また、現在の行政区分に相当するものです。

①山陽道②東海道③東山道④北陸道⑤山陰道⑥南海道⑦西海道の7つに分けられました。現在でも東海、東山、北陸、山陽、山陰などが七道に由来する名称として残っています。

幹線道路としての七道には駅が設けられ、駅馬や伝馬が置かれ、七道が整備されたことにより中央の命令・支持が速やかに地方まで伝達されるようになりました。
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畿内は、そもそも天皇の居所を「宮城」(きゅうじょう)と呼びましたが、第2次世界大戦後に廃止され「皇居」と呼ばれるようになりました。
この宮城の周りの役人・民衆の居所を合わせて「都城」(とじょう)といい、現在の首都のようなものに相当し、この周りにあるのが畿内になります。この畿内から伸びた大動脈のようなものが七道と言う幹線道路であり、行政区分になるわけです。

七道のランク分けとしますと、大路(たいろ)、中路(ちゅうろ)、小路(しょうろ)の三通りありました。
大路は山陽道だけで、中路は東山道と東海道の二つ。北六道、山陰道、山陽道、南海道、西海道の5つは小路でした。山陽道は畿内と筑紫を結ぶためにとても重要視されました。山陽道の道幅は数メートルありましたので当時としてはとても広い道路だと思います。

こうした古代の七道や五畿、および細分化された66国2島は実は江戸時代まで行政区分として続きました。

最近、道州制の記事が新聞に掲載されることもありますが、こうした歴史も参考にしていただきたいと思います。
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また、市区町村の名称変更には単に目立つからというような理由ではなく、先祖からの財産である歴史ある地名を子孫に引き継ぐと言うことも忘れないでいただきたいと思います。
(2016年1月11日)